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ジブンの修復。

 

 

 

 

。。。私がどのような過程でこちらのTwitterにたどり着いたのか、

と言いますと

まず、スタートはこちらからで→「嫌いな人のSNS

 

嫌いな人のSNSをわざわざ見てしまう心理って、

いったいぜんたいどういうこと!?と思いまして、グーグル先生で検索。

 

→ SNSで他人を平気でブロックする人が成功する理由

なるほど?!

 

→ 心理セラピストが暴露する「自己肯定感が低い」の正体

といったふうにネットサーフィンは続き。。。

 

。。。あ、最初の疑問(嫌いな人のSNSをなぜ見る?)は

そうやって嫌いな理由を探して、よし、やっぱり嫌いだ!大丈夫だ!(?)と

確認して安心したいから(笑)らしく。。。

私には、もう、よくわからんとです。どういうこと? (-_-)。

人間のこころの不思議なことよ。(-_-)。

できれば、

みなさま、好きなひとのSNSを楽しめる時間を過ごしてくださいね、どうかね ♪

 

 

 

 

 

marikotanaka.jp

 

自分のコップに空いている穴は

実は必要性があって、いまそこにあいているのではないですか?という記事です。

 

出来ないほうが都合がいいから。

だめなほうが都合がいいから。

そのほうが頑張る理由になるから

落ち込んでいられる理由になるから。

やる気がしない理由になるから。

 

 

 

では都合がいいのは、なぜ?と考えると・・・

 

私の場合は、

「自分でがんばっても、できなかったときの、保険。」

 

 

 

・・・まず、そのことを認める。

そして、自分でその穴をふさぐ方法は・・・

 

自分でがんばっても、出来るときと、出来ないときがある。

両方、引き受ける。

両方、自分。

出来ても、OK。出来なくても、OK。

特に「出来ちゃってもいいんだ」と思うこと(笑)

私の場合。

 

どうだろうか、、、いま思っているだけで、また変わるかもしれないけど。

 

 

 

 

そう書いていて思う、そんな私の原体験はなんと鉄棒の「逆上がり」だ。

小学校の体育で、やり方を教えてくれる先生は一人もいなかったし

やり方を教わっている子もいなかった。

(いまの学校はわからないけれど)

出来る子は出来て

出来ない子は出来ないとして認識されていく。

先生にも、周りにも。

逆上がりは、出来ない子出来る子を交えての放課後の特訓という遊びのなかで

結局、私は出来るようになった。

出来ないときと比べたら力の使い方(方向)が違うじゃん!って思った。

記憶がないくらい小さいとき(幼稚園児ぐらい)に身につけてしまうほうが

きっと楽なんだろうなあ(と小学生で思っていましたっけ。笑)

 

そういえば、プールもそう。

私は泳げないほうの子だった。

大人になってから、楽に泳ぐ方法と息継ぎとターンを教えてもらったら

ほんとうにただ方法を知らずに、いままで無駄に水と戦って動いていたのね、

という感じがした。

泳ぐことって苦しくないんだ、と知った。

 

 

 

 

私が求めているのは

「楽に泳ぐ方法と息継ぎとターン」を教えてもらうこと、なんだろうか。

ちょっと迷っているのですが、もしかして

自力で出来ないことが出てくるまでは、積極的に教えてもらえることは

ナニもないのだろうか?

そんなことってある?

 

うーーーーーーーーーん。 わかんないぞ!(笑)

だけど、しばらく考えながら、動きます。